『草ぶきの学校(草房子)』(99年)や『あの子を探して(一個都不能少)』(99年)など、中国映画の「学校モノ」は素朴でいい。中国では「字」を学ぶことが、勉強すること。そして、これを通じた教師と生徒との心の交流は、本当に心暖まる人間ドラマ。この映画は、陳凱歌監督の第3作だが、自分自身の「下放」体験をもとに、「こんな教育をしてみたい」という気持が、ありありと伝わってくる佳作!
この『子供たちの王様(孩子王)』は、陳凱歌監督の『黄色い大地』(84年)、『大閲兵』(85年)に続く第3作。そして、第4作目の『人生は琴の弦のように』(91年)を経て、次の大作『さらば、わが愛/覇王別姫』(93年)に至っていく途中のもの。
西安映画製作所でつくられた1987年公開のこの映画は、ある寒村の中学3年生を教えることになった青年教師と生徒たちとの交流をテーマとして描くもの。『黄色い大地』で衝撃的デビューを果たした陳凱歌監督が、「下放」された自分自身の体験をもとに、「こんな教育をしてみたい」という気持をつづったものではないかと思われる、心暖まる佳作。
学校を舞台に、教師と生徒との心の交流を描いた中国映画の名作が、『草ぶきの学校(草房子)』(99年)。これは、文化大革命前の1962年という時代、そして、中国江蘇州の太湖のほとりの農村の小学校を舞台とするもの。これに対して、『子供たちの王様(孩子王)』は、高校生の時に「下放」された経験をもつ主人公が、中3を教える教師に任命されるという設定だから、1970年代末から1980年代初期の時代と思われる。この間、約20年の違いがあるものの、寒村の貧しさは全く同じようなもの。
また、張藝謀監督の「しあわせ3部作」の1つであり、張藝謀監督10作目となる『あの子を探して(一個都不能少)』(99年)は、河北省の水泉小学校に、代用教師としてやってきた13歳の女の子が、都会へ出稼ぎに出かけるためにいなくなってしまった1人の生徒を探しに行くというストーリーだが、この学校では、黒板に書くチョークが貴重品で、1日1本しか使えないという話が印象的だった。さすがに、この『子供たちの王様(孩子王)』では、チョークはふんだんに使えるようになっていたが、そんなことを対比してみても、面白い・・・?
>『あの子を探して(一個都不能少)』でも、小学校の「勉強」とは、先生がチョークで黒板に書いた字を生徒1人1人がノートに書き写し、これを覚えることだったが、『子供たちの王様(孩子王)』でも、これは同じだ。主人公の青年は、どうやって中3の生徒を教えていいのか全くわからず、最初は1冊しかない教科書の文章をチョークで黒板に書き、生徒たちにこれを書き写させていたが、生徒たちはたった1人の例外、王福を除いては、わからない字がいっぱい。また、文化大革命直後の小学校の教科書に書いてある内容はワンパターンで、地主・資本家打倒のストーリーばかり。これでは・・・?
そんな生徒たちに、字を教えていくことから始まった青年教師のユニークな教え方は、作文を書かせることだった。まずは、1人1人が経験した出来事を、正直に自分の気持のままに文章に書かせること。これは、生徒たちに面白く受け入れられた、結構刺激的な教育方針だ。そして、その次は「人について」書くこと。こうなるとかなりの高等教育になる。しかし、生徒たちはこれを十分こなし、今やこの先生の授業は生徒たちの人気の的となった。しかし、こんな教え方に対して、共産党の上層部からは・・・?
何ともやり切れない結末が待っているが、当時の中国ではこれが実態だったのだから仕方がない。しかし、この映画を観ていると、教育とは何だろうと深く考えさせられることに・・・。「文化大革命」が、いかに中国の知識人たちに打撃を与えたかがよくわかるというものだ。
2004(平成16)年6月28日記