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春江水暖~しゅんこうすいだん(2019年・中国映画)

2021(令和3)年2月3日記

日本に絵巻があれば、中国には山水画あり!あなたは、黄公望の山水画・「富春山居図」を観たことは?毕贛(ビー・ガン)監督や胡波(フー・ボー)監督と同じ、1988~89年生まれの中国第6世代監督、顧暁剛(グー・シャオガン)の新たな才能は、それにインスピレーションを得て、杭州市の富陽を舞台に、市井の人々の営みを、山水画のようにスクリーン上に映し出した。

約10分間にも及ぶ「横スクロール撮影」がお見事なら、西湖の美しさは息を飲むほど。その中で「一の巻」として展開される、顧(グー)家の人々の営みをしっかり味わいたい。そして、本作に続く「二の巻」、「三の巻」にもさらに期待したい。

中国にはまたまた若い才能が!顧暁剛監督に注目!

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中国(大陸)では、政治面においては習近平への権力集中が強まる中、表現の自由への規制がますます強化されている。しかし、映画界では、『シネマ46』で紹介した、『凱里ブルース』(15年)(『シネマ46』190頁)、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(18年)(『シネマ46』194頁)の毕贛(ビー・ガン)監督、そして、『象は静かに座っている』(18年)(『シネマ46』201頁)の胡波(フー・ボー)監督をはじめ、世界的に注目される若手監督が生まれている。『シネマ45』に収録した『帰れない二人』(18年)(『シネマ45』273頁)の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督は、第六世代監督ながら、もはや「巨匠」の域に達しているし、『薄氷の殺人』(14年)(『シネマ44』283頁)で、第64回ベルリン国際映画祭の金熊賞と銀熊賞(最優秀作品賞と主演男優賞)をゲットした第6世代の監督、刁亦男(ディアオ・イーナン)監督も、最新作『鵞鳥湖の夜』(19年)(『シネマ47』198頁)で、更なる存在感を見せている。もちろん、日本でも新進若手監督の活躍は見られるが、本作の顧暁剛(グー・シャオガン)監督を見ると、人口が日本の10倍の中国では、次々と若い才能が誕生していることにビックリ!1988年8月11日生まれの顧暁剛監督は、1989年6月4日生まれの毕赣監督や、1988年7月20日生まれの胡波監督とほぼ同級生だ。

彼の生まれは西蘇省だが、5歳の時に浙江省杭州に移り、それからずっと本作を撮影した富陽で育ったらしい。進学した浙江理工大学では希望のコースに入れなかったそうだが、その後映画作りに目覚め、『自然農人老賈』(12年)に着手した後、2年間に渡る撮影で、本作を長編映画として完成させたらしい。

本作を鑑賞するについては、まず、中国で次々と生まれてくる若き才能、顧暁剛監督に注目!

「春江水暖」とは?富陽とは?富春江とは?

中国語の勉強を日々たゆまず続けている(?)私には、『春江水暖』という本作の原題、邦題はしっかり理解できる。「春江水暖」は、宋代きっての文豪で、書家・画家としても優れ、音楽にも通じていた詩人・蘇東坡が、こよなく愛した富春江の風景をうたった代表的な詩「恵崇春江晩景」の一節から取られた言葉だ。ちなみに、西湖を最大の観光名所とした中国浙江省杭州は中国でベスト1、2を争う景勝地で、私も数回観光したことがある。そのため、浙江省杭州の美しさは私の頭の中に刻み込まれている。

また、顧暁剛監督の故郷であり、本作の舞台になっている富陽は浙江省杭州市にある都市。富陽は2014年から杭州市の市直轄地に改変されたが、それ以前は富陽県として独立していたので、住民は今でも杭州と富陽を区別している人が多いらしい。

本作冒頭は富春江の解説から始まる。日本大百科全書(ニッポニカ)の解説によると、富春江は、浙江省中部を流れる銭塘江中流部の桐廬県から蕭山県聞堰に及ぶまでの別称で、有名な「銭塘江の逆流」はこのダムまで到達するらしい。私は杭州旅行の際、一度だけ現地でその説明を聞いたことがあるが、その逆流を実際に見たわけではないので、その“実態”は不明だ。また、流域の富陽県付近は有名な景勝地で、春江第一楼などの名勝があるそうだから、是非次回はそれを見学したい。

ちなみに、本作冒頭には、富春江について次の字幕が流れるので、これをしっかり味わいたい。

富陽に大河あり 名を富春江という 両岸には“鸛山”と“鹿山”  河は杭州を通り東シナ海へ  元代には黄公望がこの地に隠遁し 有名な“富春山居図”を描いた 富春県の歴史は秦代にまで遡る 孫権はここで呉を建国し  その子孫は今も龍門古鎮に居住する

なお、本作のタイトルにされた「春江水暖」と富陽については、パンフレットに詳しい解説があるので、ネット情報と共に、本作の良さを理解するためにもしっかり勉強したい。本作の素晴らしさを味わうには、その勉強と理解が不可欠だ。

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本作のインスピレーションは「富春山居図」から!

日本には、奈良時代から室町時代まで盛んにつくられた絵巻や絵巻物という素晴らしい芸術(絵画)がある。その最も有名なものは、平安時代の四代絵巻。それは、①源氏物語絵巻、②鳥獣人物戯画、③信貴山縁起絵巻、④伴大納言絵巻の4つだ。

それはそれとして素晴らしいが、数千年の歴史を持つ中国には山水画がある。山水画が独立した絵画の分野として確立したのは唐の時代。宋の時代の巨匠・郭熙の最高傑作「早春図」は有名だ。中国旅行が大好きな私は、観光地で立ち寄ったお土産店でさまざまな山水画を購入しているが、顧暁剛監督が本作の脚本を書き、長編初監督するにあたってインスピレーションを得たのは、有名な黄公望の山水画・「富春山居図」からだ。その詳細は、パンフレットやネット情報などを参照してもらいたい。

 

しかして、本作のスクリーン上には「富春山居図」そっくりの美しい風景が素晴らしい撮影技術の中で次々と登場してくるので、それに注目。チラシやパンフレットには、本作は「まさに現代の山水絵巻」と書かれているが、まさにそのとおり!

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本作は大家族の、3代にわたる市井の物語

中国の映画では、壮大な「歴史モノ」も面白いが、「家族モノ」は、山田洋次監督の「家族モノ」とは異質の面白さと重厚さがあるうえ、一大叙事詩としての出来を誇るものが多い。その最高傑作は、『宋家の三姉妹』(97年)(『シネマ5』170頁)だが、『活きる』(94年)(『シネマ5』111頁)や『ジャスミンの花開く』(04年)(『シネマ17』192頁)もそう。さらに、直近では『在りし日の歌』(19年)(『シネマ47』32頁)もそうだ。

本作冒頭は、長男・ヨウフー(チエン・ヨウファー)が経営しているレストラン・黄金大飯店に、顧(グー)家の家長である老いた母・ユーフォン(ドゥー・ホンジュン)の誕生日を祝うため、4人の兄弟を中心とする大家族とその友人たちが集まる祝宴から始まる。2000年から中国旅行に行き始めた私は、一方ではホテルやレストランの豪華さに驚きながら、他方ではトイレの汚さに驚いたが、本作でも、あれほど立派なレストランで、何度も停電が起きていることにビックリ。少なくとも、21世紀の日本では、よほどのことがない限り停電は考えられないが、江南の富陽にある立派なレストランでは再三そんな事態が。もっとも、そんな事態をうまく切り抜け、座を白けさせないのも、中国数千年の歴史の知恵の一つだから、本作導入部ではそれに注目し、また、中国式の乾杯のあり方や、舞台裏での魚のさばき方なども勉強したい。

本作のストーリーは、宴たけなわの真っ最中、突然主役のユーフォンが倒れてしまうところからスタートする。本稿を書いている1月21日はバイデン新大統領の就任式が最大のニュースだが、「爆笑問題」の田中裕二がくも膜下出血と脳梗塞で緊急入院したこともニュースになっていた。幸い彼の場合は処置が早かったため手術は不要、入院と1か月の静養だけでオーケーになったそうだが、脳卒中で倒れたユーフォンは認知症が進んでおり、今後は介護が必要になるらしいしい。そこで起きる問題は4人兄弟の誰がユーフォンを引き取り介護するかだ。本作はそこから大家族の3代にわたる市井の物語が始まっていくことに。

4人兄弟それぞれの思いは?富陽のまちの四季は?

本作は、①黄金大飯店のオーナーである長男・ヨウフー(チエン・ヨウファー)の他、②富春江で漁をしている次男のヨウルー(ジャン・レンリアン)、③妻と別れ、男手ひとつでダウン症の息子を育てている三男のヨウジン(スン・ジャンジエン)、そして、④気ままな独身暮らしをしている四男のヨウホン(スン・ジャンウェイ)という、顧(グー)家の4人兄弟それぞれの母親への思いを軸とする、さまざまなストーリーが展開していくので、それを一つ一つじっくり味わいたい。4人兄弟それぞれの年老いた母親への思いはほぼ共通だが、それぞれの仕事や収入、そして年齢、立場などによってその対応が異なるのは仕方ない。

本作が描くその人間模様も興味津々だが、本作でそれ以上に注目したいのは、富陽というまちの再開発が人間の気持ちに与えるさまざまな状況だ。ちなみに、四男のヨウホンは再開発の現場で働く肉体労働者だが、次男のヨウルーは再開発に伴う我が家の取り壊し、立ち退きに伴って支払われる補償金で息子に家を買おうとしていたが・・・。

他方、本作後半からは、博打に手を出したため、闇金から借金した三男のヨウジンが、息子の治療費のために一獲千金を狙ってイカサマに手を出す姿が描かれるが、その結末は?他方、自らの借金に苦しみながらも、否応なく弟たちの金の悩みに付き合わされるのが長男のヨウフーだ。

本作で描かれる市井の人々の日々の苦労は、どこの国でもどの時代でも同じかもしれないが、本作では 富陽という美しいまちの中で営まれるそんな顧家の4人兄弟の姿を、美しい富陽のまちの四季の移り変わりの中で、しっかり観察したい。

富春江での漁は?まちの再開発は?

黄金大飯店を営む長男・ヨウフーは一見裕福そうだが、そうではなく、実は富春江で漁をしている次男・ヨウルーへの魚代も未払いになっているらしい。そんな長男とは対照的に、ヨウルーは家は持っていても船上暮らしが好きらしい。富春江では昔はたんまり魚が獲れていたそうだが、今は?

私は弁護士として都市再開発問題をライフワークにしているから、中国の再開発問題にも大いに興味がある。本作ではそれを真正面から打ち出していないものの、次男・ヨウルーや、四男・ヨウホンが、富陽のまちの再開発に当事者として絡んでいる姿を見せてくれるので、それに注目!私は再開発の現場で収用裁決申請の手続きを取ることによって、取り壊し、立ち退きに伴う補償金のアップを勝ち取ったことが数回あるが、さて、ヨウルーは?

もちろん、まちの再開発はそんな個人の事情もさることながら、まち全体の作り変えがいかに進むのかが最大の焦点。それ自体に賛否両論があるのは当然だが、私は再開発は必要不可欠だと考えている。それは、例えばかつての東京のアークヒルズや近時の虎ノ門ヒルズの再開発を見ればよくわかる。また、私が裁判提起をした大阪阿倍野地区のまちの姿も大きく変わった。しかして、4人兄弟を中心とする顧家の人々が暮らしている富陽のまちの再開発はどのように進むのだろうか?

第3世代の若者たちは?その恋模様は?

本作に登場する人物は、テレビで毎日放映されている中国時代劇でおなじみの英雄豪傑ではなく、すべて市井の人々。認知症になってしまった母親・ユーフォンの世話を巡って苦労を重ねるのは4人兄弟だから、第3世代の孫たちは少し気楽・・・?

妻と離婚した三男・ヨウジンが1人でダウン症の息子カンカン・(スン・ズーカン)を育てるのは大変だが、本作で最も青春を謳歌しているのは、長男・ヨウフーの娘・グーシー(ポン・ルーチー)だ。グーシーは富陽に戻って教師をしている恋人のジャン先生(ジュアン・イー)と交際しているが、その交際には何のトラブルもなく順調そうだ。私は丸一日観光した西湖の美しさには感動したが、本作ではデートの真っ最中に「泳ぐのと歩くのとどちらが早いか競争しよう」と提案したグーシーが、いきなりそれを実行するシークエンスが素晴らしい撮影技術の中で登場するので、それに注目!私は2020年の年末に自撮り撮影と動画撮影を強化するため新しいカメラを3台購入し、撮影技術の勉強もしている。そのため、パンフレットの中でグー・シャオガン監督がこのシークエンスをどのように撮影したのかについて説明している箇所が興味深かったが、この湖はひょっとして西湖?

約10分間にも及ぶ、この「横スクロール」撮影のサマは技術的なものはもちろん、それ自体が素晴らしい山水絵巻になっているので、その素晴らしさをしっかり確認したい。

現代の山水絵巻は続く!「3部作」の大構想に期待!

2016年11月の大統領選挙で、トランプ候補が本命とされていた民主党のヒラリー・クリントン大統領を破り、第45代大統領に就任した後、世界の盟主たるアメリカは、「アメリカファースト」を合言葉に、さまざまな劇的に変化した政策を展開してきた。これは見ている分には面白かったが、その反面、疲れる面も・・・。それに対して、本作は150分の長尺だし、その中で劇的なストーリーが展開されていくわけでもないから退屈・・・?いやいや、決してそんなことはない。それは、黄公望の山水画・「富春山居図」にインスピレーションを得て、中国第6世代のグー・シャオガンが本作を監督した狙い通り、市井の人々の淡々とした物語が、富陽のまちの四季の移り変わりの中で、山水画のように描かれていくためだ。中国語を勉強しているとよくわかるが、中国では春節をはじめとして季節ごとの定まった行事がたくさんある。

本作ラストは春の清明節。そこでは、亡くなった母親・ユーフォンの墓参りに集まった顧家の人々が描かれる。冒頭ではユーフォンの誕生会の祝宴に集まっていた大家族だったが、今日は墓参りだから、その変化は大きい。しかも、その年の冬に自宅で始めた闇賭博で大繁盛していた三男・ヨウジンの自宅に、ある日警察が踏み込んできたから大変。そんな事態になった以上、ヨウジンがユーフォンの墓参りに参列できないのは仕方ないが、家族の中に“前科者”が生まれるのは如何なもの・・・?しかし、ジャン先生と結婚したグーシーは幸せそうだし、警察に逮捕されてしまったヨウジンの息子・カンカンは、次男のヨウルー、アイン(ジャン・グオイン)夫婦が面倒を見ているようだから一安心。さらに、製紙工場で働いていた次男・ヨウルーの息子ヤンヤンは予定通り結婚式を終えたようで、今日の墓参りには妻も一緒だ。

このように、顧家の4兄弟を中心とした大家族は、去る者がいれば新たに家族に加わる者もいるから、四季の移り変わりと同じように、変化しながら毎年続いていくことになる。また、本作で描かれた、夏から始まる顧家の人々の営みは春でいったん終えるが、その舞台は一貫して富陽だ。そこには相変わらず美しい川が流れている。本作ラストは、山水画のように展開した人間の物語の中に、美しい富陽のまちと美しい富春江が現代の山水画のように映し出されていくので、それに注目!

しかし、驚くことなかれ!本作ラストは、「巻一完」の字幕が表示されるから、本作はグー・シャオガン監督が企画している「3部作」の第1作になることがわかる。そして、第2作は順調にいけば2022年に撮影が始まるらしい。いかにも中国的なそんな壮大な計画に期待しながら、「第2巻」、「第3巻」でも見せてくれるであろうグー・シャオガン監督の才能の爆発に期待したい。

2021(令和3)年2月3日記