王家衛監督が5年間にわたる沈黙を破ってやっと発表し、2004年5月20日第57回カンヌ国際映画祭で大反響を呼んだのが、この『2046』。香港、中国、日本のスーパースターを結集した、王家衛監督の総決算ともいうべき作品だが、その不可思議さや難解さは予想どおり。映像の美しさと音楽のすばらしさは抜群だが、さてその出来は・・・?
王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品は難しい・・・。6大スターの共演と銘打った『欲望の翼』(90年)では、男性の主役は張國榮(レスリー・チャン)と劉徳華(アンディ・ラウ)であり、最後に1シーンだけ登場したのが、ギャンブラー役に扮した梁朝偉(トニー・レオン)だった。これは一体何だ、と誰もが当然考えたはずだが、そう考えてもわかるはずはない。どうもこれは、「第2部」への予告編(?)だったらしい・・・。
また、『楽園の瑕(東邪西毒)』(94年)が、この『欲望の翼』の続編としてつくられたという説もある(?)が、それも私にはサッパリわからない。
他方後述のように、この『2046』は、『欲望の翼』『花様年華』(00年)に続く第3作としてイメージされたことは明らか。そんなこんなの王家衛監督作品の難しさやその作品の連続性については、いろいろな解説を読んで勉強しなければ到底理解不可能。その意味で、この映画についてもパンフレットの購入が不可欠だが、それ以上に重要な勉強ネタ(?)がキネマ旬報。
すなわち、キネマ旬報(11月上旬特別号NO1416)は、『2046』を特集し、王家衛監督はじめ多くの登場人物たちのインタビューを掲載している。これらを熟読してはじめて、なぜこの『2046』の映画完成までに5年もかかったのか、また王家衛監督はどんな人物なのか等が少し見えてくるはず。多少しんどくても、この映画の理解のためには、その手の勉強が不可欠だ。
2046とはホテルの部屋の番号だが、王家衛監督によると、「1997年の香港返還から50年」という意味があるとのこと。中国はこの時香港に対し、「50年間は何も変わらない」と約束したが、これを人生におきかえると、50年間も変わらずに存在するものなどあるのかと考え、その答えを探してみようと考えたとのこと。
そしてこれが、この近未来小説『2046』の出発点となったとのことだ。そう聞いても、半分は「なるほど」と思っても、半分は「へえ、それがどうしたの?」という感じで、王家衛監督の不可思議な感性やその「哲学」には、私たち「凡人」はなかなかついていけない・・・?
パンフレットによれば、「2046」に旅立つ者は、皆失われた愛を取り戻すという同じ目的を抱いているが、さてその真相は・・・?それは誰も知らないもの。なぜなら、そこに辿り着いた者は、二度と帰ってこないのだから。ただ一人の男タク(木村拓哉)を除いては・・・とある。
こんな難解で哲学的なイメージを、王家衛監督が1人で空想し、組み立てていった結果、この『2046』という映画が完成したのだが、途中中断を含めて、完成まで5年間もかかったというのは、例によって(?)、王家衛監督の構想があちこちに揺れたためだろうと私は思っているが・・・?
この映画のテーマは、近未来小説『2046』を書き綴っている1人の男の女性遍歴(?)だから、主人公は当然その男。その主人公チャウを演ずるのが梁朝偉で、王家衛監督作品にはなくてはならない俳優。
この『2046』という映画が、『花様年華』の続編というイメージでつくられていることは、この梁朝偉の映画上の名前が『花様年華』と同じチャウであることや、そのスーツ姿、髪型まで『花様年華』の主人公と全く同じであることによく表れている。
登場人物の共通性の他、『欲望の翼』『花様年華』『2046』に共通するのは、その舞台が1960年代の香港であるということ。『欲望の翼』は、張國榮をはじめ20代の男女の青春群像、『花様年華』は微妙な年代の2組の夫婦の不倫の物語、そしてこの『2046』は、現在、過去、未来がクロスする不可思議な世界での恋の遍歴という設定だが、この3作品の共通点は、上記のとおり。
『2046』の主な舞台は、オリエンタルホテル(東方酒店)の2046号室とその隣りの2047号室だが、1960年代の香港のまちの香りが作品のベースとなっていることは他の2作と同じ。パンフレットによれば、王家衛監督は「この『2046』が完結編といえるため、しばらくは1960年代に関するものは撮らないと思う」と述べているようだが、さて・・・?
『欲望の翼』では、虐げられながら、明るく魅力的な踊り子ミミ役を演じて、仏ナント国際映画祭主演女優賞を獲得した劉嘉玲は、1964年生まれだから既に40歳。『インファナル・アフェア~無間序曲~(INFERNAL AFFAIRSⅡ)』(03年)、『インファナル・アフェア~終極無間~(INFERNAL AFFAIRSⅢ)』(03年)では、マフィアのボスの妻という重要な役柄を演じて、今でもその存在感は抜群。
この『2046』での劉嘉玲の役柄はダンサーのルルだが、主人公チャウの思い出の中に存在する女という設定のため、セリフは少なく、イメージキャラクター的存在・・・。
今や中国を代表する国際的な若手美人女優ナンバー1に成長した章子怡は、この『2046』では、『LOVERS(十面埋伏)』(04年)とは全く異質の役柄に体あたりで挑戦している。水商売の女ながら、プライドの高い女バイ・リンは、最初はチャウと対等もしくはそれ以上に向き合っていたが、次第にチャウに本気でホレていったため、立場が逆転し、悲しい別れが・・・。しかし、運命は再び2人を結びつけ、さらにさまざまな物語が展開していく・・・。
章子怡は、王家衛監督作品へこの映画で初登場。パンフレットによれば、台本のない王家衛監督の作品づくりに戸惑ったことが書かれている。しかし、登場時間の長さや、チャウの心の中に占める大きさを考えれば、この『2046』の女優陣の中では、章子怡がまちがいなく主役。そして、その難しい役柄をベッドシーンを含めて若い章子怡が見事に演じている。また、このチャウとバイ・リンとの恋愛模様は、誰にでもよくわかるもの・・・。
王家衛原案、百瀬しのぶ著による『2046』(2004年・株式会社マガジンハウス)は、170頁ほどの近未来小説。プロローグに続いて、第1章「ルル~破滅の愛に流される女~」、第2章「バイ・リン~真実の愛に傷つく女~」、第3章「ジンウェン~未知なる愛にとまどうアンドロイド~」、第4章「スー・リーチェン~かつての愛を呼び覚ます女~」と続き、最後がエピローグ。
今、日本では日本歯科医師連盟(日歯連)による旧橋本派への1億円の「ヤミ献金」という政治資金規制法違反「事件」をめぐって、「政治家とお金」の問題が大きく注目を集めているが、この本の第2章におけるチャウとバイ・リンとの男女のかけひきの中には、「セックスとお金」に絡む非常に面白い会話がある。そこでこれを少し紹介しておきたい。再三のアプローチの結果、最初の「コト」を終えた後、200ドルのお金を払おうとするチャウに対して、バイ・リンは「いらない」と答えたが、いろいろな「やりとり」の後、結局は「10ドル受け取る。安く売ってあげる。これから私としたいときは、この値段でいいわ」と答えることに・・・。いかにも、王家衛監督好み(?)の微妙な男女の「セックスとお金」のかけひきだ・・・?
ところが、その後2人の「力関係」は大きく変わり、最後には、「今夜は泊まっていくわ」「泊まりだと値段が張るぞ」「かまわないわ。いくらでも払う。あなたを貸し切って、毎日一緒にいる」「短期貸し出しならいいが長期貸し切りはなしだ」という会話を経て、結局はバイ・リンが「10ドルよ。今晩は私があなたを買ったの」となり、これに対してチャウが「どうも」「必要があったらいつでも訪ねてくれ。値段はやっぱり10ドルだ」と答えることになるのだが・・・?このような会話から、あなたは何を学ぶことができるだろうか・・・?
これに対して、もう1人の中国映画を代表する大女優鞏俐は、この映画での役柄や存在感はもうひとつ・・・。いつも左手に黒い手袋をして、過去を語らない謎めいた女ギャンブラー、スー・リーチェンという設定だから、チャウとの「接点」は、バクチの負けがこんでいるチャウをスー・リーチェンが手助けするところだけ。
したがって、そこから2人の愛が生まれてくるはずはない・・・。なおチャウとスー・リーチェンとの濃厚なキスシーンの「必然性」には少し疑問があるが、パンフレットによれば、このシーンは梁朝偉も気合いを入れて、10回以上撮ったとのこと。俳優稼業っていいな・・・?
王菲の本職は歌手。王家衛監督の『恋する惑星』(94年)で映画初出演を果たし、大人気を博したが、私はこの作品をそれほど高く評価していない。可愛いキュートな顔立ちの王菲も、1969年生まれだから既に35歳・・・。
この映画では、日本人青年タクに恋するものの、父親から猛反対されて落ち込む女性ワン・ジンウェンを演じている。もっとも、タクとの「絡み」はほんの少しで、大したことなし・・・?むしろ、「作家」として、チャウの助手をつとめ始めたワン・ジンウェンとチャウの恋愛模様(?)の進展の方が面白い。
他方、王菲は、「2046」へ旅立つミステリートレインの客室乗務員であるアンドロイドwjw1967の役も演じている。これは「ご愛敬」ともいうべき役柄だが、その演技力(?)はなかなかのもの。キネマ旬報でのインタビューによると、王菲は、自分の演技についてはかなりコンプレックスをもっているとのことだが、この映画に限っては、その演技は立派なもの・・・。
「アジアンビューティー総出演!」というふれこみだが、実は張曼玉と董潔の2人は、ストーリー構成上それなりの役割を果たしているものの、出番としてはほんの1~2シーンだけ。これでは『2046』出演といえるのかどうか自体が微妙なところ。
特に、ホテルの支配人の2人の娘のうちの妹役となる董潔の扱いは、ちょっとかわいそう・・・。また、『花様年華』(00年)でチャイナドレスを妖艶に着こなし、チャウとの不倫の恋の主人公となった張曼玉の名前がスー・リーチェン。そして、またこれは、『欲望の翼』(90年)で張曼玉が演じた若い女性の名前。
ところが『2046』では、鞏俐(コン・リー)扮する女ギャンブラーの名前がスー・リーチェンとされており、この名前によって、チャウが張曼玉扮する「昔の女」を思い出すというテクニック(筋書き)。スー・リーチェンという女性の名前にどういう意味があるのかはわからないが、とにかく王家衛監督にとっては、『欲望の翼』『花様年華』そしてこの『2046』において、連続した数人の人物をイメージしていることはまちがいない。しかし果たして、『2046』だけ観た人にそこまでわかるかな・・・?
SMAPのキムタクこと木村拓哉は、この映画ではエラく難しい役柄を演じている。父親に猛反対されながらもなおワン・ジンウェンへの想いを諦めきれない日本人で、ただ一人「2046」から帰ってくる男というミステリアスな役がそれ。ヒゲを伸ばした男らしく野性的(?)な姿や、真っ白のワイシャツにネクタイ姿という日本人サラリーマンの典型のような青年を演じわけているが、正直言ってその印象はいまひとつ・・・。
彼は、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』(04年)では「声優」として大活躍しているが、この『2046』でも、映画冒頭のナレーションがキムタクの重要なお仕事。そもそも王家衛監督作品は、やけにナレーションが多いのが特徴だが、この『2046』では、タクのナレーションはちょっとしつこいほどに・・・。
さて、キムタクファンはこんな役柄にシビれるだろうか、それとも梁朝偉のダシに使われている(?)として、不満顔だろうか・・・?
『ブエノスアイレス』(97年)で、はじめて張國榮や梁朝偉らと並んで、王家衛監督作品に登場した張震は、『グリーン・デスティニー』(00年)で章子怡と共演して注目をあびた若手俳優。しかし、彼もパンフレットでは大きく扱われていても、実際の映画の中では、ほんのチョイ役(?)という扱いだから、ちょっとかわいそう・・・。
この映画評論の執筆の関係もあり、私は公開初日の10月23日(土)に映画館に行った。翌日の新聞によると、木村拓哉がこの日、予告なしで三番街シネマに登場したとのことだが、私の観た時間帯ではなかったので残念・・・。
ところで、観客の入りは・・・?それはほぼ3分の1という感じで、前宣伝に相当するような熱気は全く感じられなかった。果たして、日本での人気沸騰の可能性は・・・?
他方、観客動員数などは別として、私のこの映画に対する評価は、採点表のとおり星3つがいいところ・・・。映像の美しさと音楽のすばらしさは超一流だと思うが、どうも私には王家衛監督作品の難解さは苦手・・・?
2004(平成16)年10月25日記